アメリカでは、1970年代から離婚が増加し始め、子どもを持つ夫婦の半数が離婚する、と指摘する研究者もいるようです。そして多くの心理学者・カウンセラーらが、「離婚は子どもに愛情不信などの爪痕を残す。」と主張している、と前掲書の著者は述べています。(前掲書187~188ページ)
しかし、1990年以来の最近の研究によると、両親が離婚した子どもは、両親と暮らす子どもよりも、行動上あるいは心理的な適応にかかわる問題が、まったく同じではないにしてもその差は小さいもののようです。経済状況・学業成績・自己概念(自己肯定感のような観念でしょう)・社会的関係など、さまざまな要因を総合して調査すれば、さらに差は小さなものになると指摘する研究者もいます。最も新しい研究では、両親の離婚後の子どもの適応上の問題は、実は離婚によってもたらされたというよりも、離婚前からある両親・家族の要因(たとえば、両親のパーソナリテイ)によって説明できる可能性が注目されています。ここに、この迷信の重要なポイントがあるようです。離婚とは、近所の噂話として興味をそそられやすく、口コミで広がりやすいため、「心理学的迷信の原因」になっているようです。(同書189ページ)
著者の結論は、「離婚だけで家族が「崩壊」し、子どもの人生が「破滅」する、という考え方には反対です。」(同書191ページ)とのことです。
そもそも、「結婚」「家族」とは何か?どんな形態をとっているか?どんな形態にするためいかなる試みが当事者内でなされているか?という根本問題は、歴史的に見ても、諸国間を比べても、諸個人間でも実に多種多様な在り方・考え方があるようです。日本でも中世・戦国時代は「織田(信長)家」と「斎藤(道三)家」の家同士の政略結婚などの例も多くあった訳ですし、近代にいたっても戦前の結婚形態は、男女差があるなど今の形とかなり違っていたことを考えると、結婚を通じてどのような望ましい家族像をえがいて生きていくか、という問題を自分なりに真剣に考え試行錯誤していくことの意義が、あらためて浮かび上がってくるような気がします。











