<「フェイク」にだまされないために>

ロシア・ウクライナ戦争が始まったとき、世界平和を守るべき最高の一機関である国連の常任理事会で、ウクライナが攻撃されている映像を出席者全員が観て、それに対する意見を求められたロシア代表委員が、即座に「それはフェイクだ。」とあっさり一刀両断に断定し、こんな重要な議論がそれ以上進まなくなったのをテレビ報道で観て、私は愕然としました。そして「こんなことがまかり通っていくと、私たちはどんな公共の動画像を信じれば良いのだろうか?」と不安になりました。

IT機器・生成AIの爆発的な進化により、ネット上ではフェイクfake(偽造品・にせ物)情報・画像・製品があふれるようになってきました。私たち一般市民でも、やり方さえ学べば、お茶の間でスマホやパソコンで既存の画像を修正・加工・創作できるようです。

ある会社のホームページ・商品注文のページ・サイトでも、本物そっくりの偽サイトが掲載されていて、商品を注文し料金を振り込んだが、品物がいつまでたっても送られてこない、という事件がしばしばある、と聞きます。

こうした最近の事象に対し、新聞社やテレビ会社は、「ファクトチェック」(事実(かどうかの)検査)を始めているようです。(朝日新聞2025年5月1日・2日・6月13日・15日記事) 今後は、より精巧なチェック機能が作られていくことを期待したいですが、私たち一般市民はどんなことに気をつけていけば良いでしょうか。越前功(えちぜんいさお)氏(国立情報学研究所教授)は、このようにアドバイスされています。「SNSをうのみにしないことです。利用者ひとり一人がリテラシー(literacy読み書き能力)を高めていくしかない。大手プラットフォーマー(ネット上でサービスを提供する事業者)は偽情報の削除などに消極的です。SNSは、人々の興味や関心を奪い合うアテンションエコノミー(人々の注目そのものが経済的価値を持つという考え方)の強い影響下にあると理解して利用しなければいけません。」(朝日新聞2025年6月5日「生成AIと歴史・交論」)

要は、ネット内が、ぱっと観て面白いか、という再生回数・「いいね!」の数の多さを競うだけの世界になっていて、中味が正当か・真実か、という問題は二の次になっている、ということなのですね。

この画像、フェイク? リアル?

(朝日新聞2025年6月15日・GLOBE・小宮山亮磨氏)

SNS利用と人間性

これまでSNS利用にともなうリスクについて、いろいろな事例を述べてきました。とっつきやすさ・魅力などの点で最先端のプログラマー・ゲーマーが次から次へと提供するゲームにはまる、巨大な高度に専門の闇組織がたくみに誘い込む「闇バイト」「振り込め詐欺」、警察・消防署・行政部署を名のる脅し詐欺、などなど、なかなかすぐに犯罪とは気づけず足下をすくわれる事例が続いています。

ごく最近の新聞記事でも、こうしたSNSのリスクに警笛を鳴らすものがありました。

イギリス・アメリカの研究でも、「SNSの利用時間が長い人ほど、抑うつなどメンタルヘルスの悪化を経験しやすいと結論づけて」おり、同様の理由で「オーストラリアでは、16才未満のSNS利用を禁止する法案が昨年11月、可決された」そうですし、日本でもこの新聞記事の執筆者・成田瑞(なりたずい)氏の研究で、3200人の追跡研究で、同様の傾向が見られました。具体的な症状としては、「インターネットを使えないとイライラする▽睡眠不足になっている▽使い始めるとやめられないーーといった傾向を「不適切利用」と考えました。該当する人ほど、社会的なひきこもり傾向にあり、メンタルヘルスの悪化につながっていました。」他の問題点として、「ハラスメントやいじめ、人種差別や性差別、同調意識の高まり、過剰なやせ願望などのボディーイメージのゆがみ、自己肯定感の低下、身体活動の低下などが指摘されています。」(朝日新聞2025年6月1日・国立精神・神経医療研究センター長・成田瑞氏筆)

成田氏

もちろん、SNSを少しでも使うこと自体が悪いわけではなく、対面での人間関係・社会的なつながりを十分に結べて、以前の本欄でも述べた「人間力」を養う機会を持てる生活環境を保証することが大事なのでしょう。SNSに振りまわされて右往左往するのではなく、人間・私たちの方が主体性・自立性を保ちつつSNSを使いこなす能力を身につけるよう心がけていくことが求められるのでしょう。

別の記事で、有名な「佐藤ママ」が述べていることばが、とってもわかりやすく重要な切り口を表しているような気がしますので、最後に引用しておきます。

「チャットGPT 子どもには慎重に

チャットGPTを、成長期の何にでも影響を受ける子どもたちに使用するのは慎重になるべきだと思います。

1月15日の「折々のことば」(朝日新聞)で、谷川俊太郎さんの言葉が紹介されていました。今の子どもたちに最も大事な「国語の力」は何かと問われ、「朝、家を出てから、学校に着くまであったこと、見たことをきちんと言葉で伝えられればいい。詩を書くのはそのあとでいいでしょう」と応じたそうです。誰もが「自由な発想や想像力」といった答えを想像していた、とありました。豊かな人間性を備えた子どもを育てるとはそういうことなのでしょう。チャットGPTの詩と子どもが書いた詩の違いは、温かい血が流れているかどうかということでしょうか。」(朝日新聞2025年4月12日)

<特殊詐欺への対応・撃退法>

年々新手の手練手管(てれんてくだ)を打ち出してくる「特殊詐欺」に警笛を鳴らそうと、岐阜県警は最近、「うまい話、鵜呑みにしないで」という啓発ポスターをつくり、スマホに不審な電話やメッセージがあれば即座に詐欺を疑い、安易なもうけ話には乗らないで!」と呼びかけています。(岐阜新聞2025年5月1日・朝日新聞2025年5月2日)

(岐阜新聞)

最近では、外国(ミャンマーなど)での闇バイト事件がありますが、こうした悪の巧妙な誘いに乗ってしまったり、SNS・動画の依存・夢中になる背景は、「両親や親子の不仲、過保護、虐待、友人関係のトラブル、成績不振などがあり、現実世界につらさを感じている例が非常に多い。」「重要なのは、親子関係や学校などの人間関係です。」と、治徳大介(じとくだいすけ)氏(東京科学大学サイバー精神医学准教授)は指摘しています。(朝日新聞2025年5月11日)

IT機器を何時間使っていいか、などの「家庭のルール」にのみ注意を集中するのではなく、家庭・学校・クラブ・習い事などの普段の生活でゆったりとした楽しさ・チャレンジ姿勢・仲間との認め合いといった豊かな人間関係がまず確保されているか?をチェックするべきなのでしょう。

この話を読んで、私は以前に新聞か雑誌だかで知ったある話題を思い出しました。それは、上記のような「闇バイト」などの巨大闇組織が、オーソドックスな進学・就職コースに乗り損ねドロップアウトし「不良少年」化した者をすばやく取り込み、闇組織員に教育する方法の一つです。闇組織は、彼を、超VIPのゴルフ場の入口近くへ連れていき、高級車で入っていく年配の客を見せて「あいつらは、お前たちのような落ちこぼれ者をとことんまでしぼりとってこの世から葬り去るのだ。あいつらに復讐しその鼻を明かしたかったら、俺たちの業務をまじめにやれ。俺たちはお前の味方だ。」と洗脳(マインドコントロール)する、というものです。まるでドラマか映画のような話ですが、私はこの話を知った時、世の中の闇の部分を見た気がして、「ウ~~~ン・・・」とうなったのを覚えています。この話の確かな典拠は遺失してしまい、今は証拠立ての責務を果たせず申し訳ありませんが、この世にはやはり残念ながらこうした世界はなくならないでいるようです。

(朝日新聞2025年4月30日)

<情報・報道・SNSの読み方>

少し長いですが、以下の文章を読んでみてください。

 

次のような報道を例に、具体的に考えてみよう。

「サッカーの人気チームで監督(かんとく)が辞任することになり、Aさんが新しい監督になるのではないかと注目が集まっている。」

ここで、まず大切なのは、結論を急がないことだ。すぐに「新監督はAさんか。」と決めつけてはいけない。世の中の出来事には、さまざまな見方がある。新しい情報を聞けば聞くほど、だんだんと多くのことが見えてきて、少しずつ事実の形が分かっていく。まずは一度落ち着いて、『まだ分からないよね。』と考える習慣をつけよう。

そして、いったん立ち止まったら、次は、メディアが伝えた情報について、冷静に見直してみよう。

この報道の中で、「Aさんは、報道陣をさけるためか、裏口からにげるように出ていきました。」というレポートがあったとする。これを聞くと、あなたは、Aさんが何かをかくしているように思わないだろうか。しかし、裏口から出たのは、その方向に行く必要があったからかもしれない。こう想像してみると、「報道陣をさけるためか」というのは、レポーターがいだいた印象にすぎない可能性がある。また、急がなければならない理由があったかもしれないから、「にげるように」も印象だろう。このように、想像力を働かせながら、一つ一つの言葉について、『事実かな、印象かな。』と考えてみることが大切である。このレポートから、印象が混じっている可能性のある表現を取りのぞくと、結局、確かな事実として残るのは、「Aさんは/裏口から/出ていきました」という言葉だけになる。ここには、Aさんが次の監督になると判断する材料は何もない。

 

いかがでしょう? 大人が読んでも、じっくり考えながら読まないと、真意・本意を正確に理解することは難しい論説文ですよね。

実は、この文章は、現在小学校5年生が使用している国語の教科書に載っていて、学校で先生の指導を受けて勉強している、情報に関する文章なのです。授業の後、テストにも出題され、この文章が主張する最終的結論を述べさせる問題も出ています。

私たちは日常生活で、TV・新聞・ネットなどで情報・報道を得ていますが、BGMや空気のように聞き流し、「ふ~~~ん・・・」と何気なく受け入れてしまうことが多いでしょうが、時には「ちょっと待てよ。」と立ち止まり、ああも考えられる、こうとも言える、などとあれこれ吟味しなおす必要もある情報も少なくないのではないでしょうか。見えていない面・書かれていない事柄(ことがら)・偏(かたよ)った感情に影響されている言説はないか? と自分なりにじっくり考えて、周りの意見・雰囲気に流されないように心がけるべき時もしばしばあるのではないでしょうか?

<チャットGPTについて>

IT機器・AIなど、デジタル機器の話が続きましたが、関係の深い最近の話題で、「チャットGPT」があります。これは、外国語からの翻訳・外国語への翻訳・長文の要約・悩みごとの相談(カウンセリング)・課題を与えると即座に一般常識をふまえ、多様な視点・角度を配慮した解答を即座に出してくれる、といった知的な作業を人間の代わりにやってくれる、という機器です。良し悪しにかかわらずどんどん進化しつつありますから、これも末恐ろしい感じがしますね。

私は、公的な文章を書いたり、役職・立場上の大勢の方々の前でのあいさつなどを課せられることが多いですが、学生時代から、指導教官に「自分の目でモノを見、自分の肌でモノに触り、自分の頭で考え、自分の言葉で文章を書きなさい! 人まねではまったく意味がないぞ!」と徹底的に指導されたたきこまれたこともあり、機械・機器にたよって文章・作品を創作することは、あまり興味が持てません。ですから当然「チャットGPT」などに触れたこともありませんので、それについてもっともらしく語る資格がないかもしれません。なので、他の学識経験者のことばを参考として紹介し、皆さんそれぞれの考えを深めていただくこととします。

解剖学者の養老孟司(ようろうたけし)氏は、「何か意味のあることを言ってきたとしても、機械が言ってると思うと白ける。僕は、解剖とか虫とかやっているから、後ろ側に実物がないとダメなんです。チャットGPTって後ろにはデータしかなくて、それを処理しているだけでしょう。ボールを投げたこともないくせに、ボールの投げ方をもっともらしく言う奴と同じです。」「AIはすでにある情報を処理することが得意で、その面での能力は人間をとっくに超えているから、そういうことはAIにまかせて、自分の身体を使って価値を生みだすことなど、AIにはできないことを発見していく生き方も見直されていくでしょう。」(『なるようになる~僕はこんなふうに生きてきた~』養老孟司著2023中央公論新社)

以前の本欄で、子どもの知的能力を育むために大切なことは、幼少のころから生の自然にふんだんに触れさせることだ、という最先端の科学者たちのことばを紹介してきましたが、養老先生も本質的には同じことを主張されていると思います。88才になられた養老先生は、今でも研究仲間から譲られた何千という昆虫の標本を作ることに没頭されているそうですよ。