さまざまな教育論の中で、「臨界期(りんかいき)」という問題が話題になることが、しばしばあります。人間の子どもたちは、乳幼児期から学童期・思春期・ハイティーンに至るまで、母国語の読み書き・聞く・話す能力、計算能力、運動能力、音楽・絵画などの芸術能力など、さまざまな能力を身につけ発達させていきますが、それぞれの能力につき、生涯通用する・もしくはプロフェッショナルレベルの能力のためのしっかりとした基礎力を身につけるために最適な時期がある、と考える発達論上の考え方が「臨界期」という考え方です。
この問題について、最近の啓発書では、発達心理学者の池田清彦氏の著書『すこしの努力で「できる子」をつくる』(講談社文庫2006)という本で論じられています。池田清彦氏は、脳科学の成果をもとに、言語能力・スポーツ能力・音楽・将棋・囲碁・計算などの能力の臨界期を示しておられますが、いずれもやはり3才ころからの豊かな養育環境が重要・大切だと指摘されています。
昔から「三つ子の魂百まで」「鉄は熱いうちに打て」「矯めるなら若木のうち」などという諺もあり、人類は、幼児期に周囲の愛情につつまれて無理なく丁寧に上質の養育・教育を受けることの大切さを見抜いてきたようです。
今は、「くもん」などの知的教育施設・学習塾・タブレット学習・ダンススクール・サッカー・野球・水泳などの習いごとが大流行(おおはやり)で、どれに通わせようか保護者の方が迷うほどありますが、あくまで子どもが「やりたい!!」と興味を示してこそ効果が期待できるもので、保護者・教育者からの強制では、まったく効果がないこと・百害あって一利ないことを肝に銘じておく必要があるでしょう。
また、多くの子どもたちには、相当の個人差・多様性もあって、すべてのこどもたちが一様に同じような興味・発達・成長・成果を見せることもありませんから、その子その子の固有の良さ・得意なこと・好きなことを尊重していく姿勢も大切でしょう。
池田清彦氏は以上のようなことを考慮し、「他の子とあまり比較せず、温かい雰囲気の中で、子が好きになったことを褒めて伸ばそう。」という割とオーソドックスな考えで結論づけています。本欄でこれまでからだ・こころ・ことばの教育を展開してきた中で、幼児教育学者・津守真(つもりまこと)氏の「日々子どもが望むことに応え、配慮をもって関わることの大切さ」という言葉を紹介しましたが、相通ずることなのですね。
「臨界期」の問題は、教育学・発達学的にはとても重要で興味深い研究テーマでもありますが、一般の家庭であまりにこだわりすぎて神経質になって不安感をつのらせるデメリットの方が大きいとも思いますので、池田氏のように、ゆったり大らかにかまえていった方がよさそうですね。